「熊がでた!!」と言う声に中西喜之助さんと外にもう一人銃を持って外に飛び出した。
誠諦寺の横、吉田亀次郎さんの辺り一帯の笹原だった。のそりのそりと歩いている熊公を一発のも
とに射止めて呉れようと中西さんは「ズドン!!」と一発ぶっぱなした。命中?と思いしや熊公はよろ
よろとしたと思うとあわてて笹薮の中に逃げ込みうなり出した。「熊を手負いにした」と騒ぎ出した
ところえヤオイタさん(文字不明)と言う二十七、八か三十歳位の男が「どこだ、どこだ」とばかり
飛び出した。人々は驚いてヤオイタさんを引き止めるのも聞かず笹薮の中に入って行った。とすぐ目
の前に大きな熊公が横になっている、驚いたのは熊公の方「ウオ−」とばかり真直に立ち上がってヤオ
イタさんに飛びかかった。逃げ場を失ったヤオイタさんは夢中で熊公の腹にしがみついてしまった。
「ヤオイタさんが危ない」と人々は騒ぎ出し「銃を打て!!」と叫ぶが、今の川端嘉市さんの家の辺りから
狙いを定めている中西さんはヤオイタさんの体が邪魔でなんとしても引き金を引かれない。引き金を
引いたらヤオイタさんに命中しそうである。そうこうしている中にヤオイタさんの顔から真っ赤な血
が噴き出し頬の肉がガッパリと垂下がった。飛び廻る度にばらばらと血を振り廻す、「銃を打てッ引き
金をひけ!!」狂ったように人々は叫ぶ、突然「ズドン」と中西さんの銃口が火をふく、「しめた」熊公
はごろりと倒れる、人々が駆け寄ってヤオイタさんを抱き起こすと、大きな頬の肉が気味悪くだらり
と下がっている。荒くれ男のヤオイタさんだけに流石に気が強い。だらりと下がった肉を「ピタリ」
とくっけると手拭いを借りて顎のほうから頭の天ぺんできりりとしばりつけた。
「さあ早く根室へ船をださなけりゃ」とみんなと共に浜へ駆け出した。橋の上でチトライから帰ったと
いう西井賢誠氏に逢うと、「先生やられました、熊にかじられました」と流石にうわずった声で顔色が
ない。他の者なら恐らくあの場で絶命したろう。明治二十七年春の出来事である。
その後ヤオイタさんは根室で永らく治療して居り、快復したと言う話も聞いたが
その後の音信は一向にわからない。
難破船長人食い事件
国後蝦夷騒動記
逓送殺し
ヤオイタさん熊公と格闘
ヒグマと私
ハンタ−の死・九死に一生…
昔話1・思い出
昔話2・私がこの村に来た頃
昔話3・羅臼岳登山記