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らうすだなあ


草楽園活用法
「村田先生のお思いで」
私が羅臼に来たころ村田吾一先生は矍鑠としており 初めて訪れた見慣れぬよそ者を飄々と庭園に入れてくれた。 その自然体が心地よく高山植物を仲立ちにして以後 ご贔屓にさせていただくようになりました。先生はお酒が大好きで 後年体調を崩され医者から酒を禁じられることになっても 奥さんの目を盗んでは隠れ酒をやっていました。 初夏になり庭園にある太い山椒の木が新芽を吹きだすと、先生は 一掴みの新芽のついた枝木をもって私の店に現れました。 飲食店を営む私には新鮮な山椒の芽はありがたく 毎年この時季になると先生の来る日を心待ちにしていたものです。 そして先生は必ず「酒を一杯くれや」といって一杯のコップ酒を 美味そうに飲み干してお帰りになるのでした。 どんなにすすめても呑むのは一杯だけです。 恐妻家の先生はそれ以上呑むと息が酒臭くなり奥さんにばれるのが怖かったんです。
木の芽で一杯貸し借り無しの初夏の昼
(お前さん俺に木の芽をもらって、どう返礼したもんかと考えているだろう おらあそんな気はないが、先輩に物貰ってただというわけにもいくめえ、 お前さんを煩わしちゃなんだから 俺の好きな酒を一杯貰おう、言っておくが女房にゃ内緒だよ)

今でも夏が近づくと、先生の気配を感ずるのです。



草楽園活用法
初代羅臼村長村田吾一さんが自宅の前庭を造成し、国後島で集めた 植物、羅臼で採集した植物を栽培、300種に及ぶ植物を植栽し「草楽園」 と名付けて一般に開放する。村田吾一氏没後町が北方領土国後館として 維持管理するが今年度より休館今後の活用方法を町民にアイデア募集。 それに応じて
アイデアその1
「情報通信機能の拠点」

今、羅臼に不足していて、かつニーズが高いものとして「情報通信機能」が挙げられます。 知床の世界自然遺産登録が期待される中、旅行や出張、テレビ・新聞の取材で訪れた外部の人間が、インターネットやファクシミリを自由に使える施設には、一定の需要があると見込まれます。 特にマスコミに関しては、既に定期的に、相当数が、世界遺産に関連した取材を行うために全国から羅臼町入りしています。彼らは常に「電源」と「通信設備」、そして「作業場」を必要としています。もちろん、こうした情報通信の「拠点」を作ることは、マスコミ以外の利用者にとっても有用性は高く、実現すれば、様々な波及効果が期待されます。また、地元でも、(生涯)学習の場として利活用することができるでしょう。 その機能として
「ビジネスユースの情報通信機器を有料で貸し出すスペース」  例えば、役場や企業で使わなくなったパソコンなどを活用し、インターネット端末を2台程度設置。また、コピー・ファックスを1台設置。持込のノートパソコンに接続できるように電話回線も最低一台分設置する。消しゴム、定規、修正テープ、はさみ、ホッチキスなどの文房具も求めに応じて貸し出す(その旨を利用者に告知する)。料金は、時間制の入場料という形式が現実的。コピー・ファックスはさらに実費を徴収する。  併せて、ラウンジ機能を結合。軽食・喫茶も楽しめるようにする。例えば、出張中のサラリーマンが、本社からファックスが送られてくるのを待ちながら、また例えば、海外から訪れた観光客が、本国の家族に電子メールで記念写真を送信しながら、また例えば、取材に来た記者が、持ち込みのパソコンで原稿を書きながら、コーヒーを飲む、といった姿が見られるようになると良い。  モデルは「KINKO'S(キンコーズ)」や「ビズカフェ」に求められます。



草楽園活用法
初代羅臼村長村田吾一さんが自宅の前庭を造成し、国後島で集めた 植物、羅臼で採集した植物を栽培、300種に及ぶ植物を植栽し「草楽園」 と名付けて一般に開放する。村田吾一氏没後町が北方領土国後館として 維持管理するが今年度より休館
今後の活用方法を町民にアイデア募集。

アイデアその2
「高山植物園として」
現在草楽園は植生している植物は往時の半分以下になっている。 町が植物を育てようとせず管理したからである。これはある面 仕方がないところがあるが、これを機会に往時の姿に植栽することが 後世には偉大な財産になる。方法として、村田さんに匹敵すほどの 専門家を専従させ5〜6年かけて草園を復活させることだ。 同時に後継者の育成を図り高山植物の専門家を代々育てるべきである。 気候風土上街中に知床の高山植物園を作れる市町村は羅臼町をおいて 他にない。草楽園の復活は高山植物を知らないガイドの研修の場、山に入れないお年寄り、時間のない旅行者、 バス待ちの旅人、草花の好きな地元の人たちの憩いの場、 花季・紅葉時の小さな園遊会、真夏の夕涼みと、人集めの条件を満たし、 バイバスにより寂れた中心街の活性化促進の 1要因となる。また専門家がいることにより 植物に対する正しい知識を町民に知らしむことが出来、そのことは 世界遺産に登録された地元の住民としての条件を備えることにもなる。



熊の湯SOS
「熊の湯愛好会」

熊の湯は代々のこよなく温泉を愛する「熊の湯愛好会」の同士に引き継がれて 現在に至る。全て手作りで管理も自分たちでやる。365日朝6時には愛好会の誰かが 風呂掃除をやっている。彼らの身体の色は温泉やけしている。 熱いお湯に涼しそうな顔をして浸かっているが、なに彼らだって熱くないわけがない。 我慢も彼らの心意気だ。旅人が水で薄めようものならたちまち怒鳴られる。 身体を洗わずに入ってもしかり。旅の人はむっとするがさすがに引き下がる。 地元のものはそうは行かずなかには真っ赤になって文句を言う元気者もいるが どうしても熊の湯愛好会のほうに分がある。 血気が多い人たちなのに今もって血の目を見ないのは愛好会の不断の行動を見ているかだ。 面白いのはライダ−たちの間で熱い熊の湯に入ったのが自慢の種になっていると言う。 愛好会逆転の発想現象か。とにかく観光客さまさまの気分がここでは ぎゃふんとさせられる。
さてそんな熊の湯愛好会に危機が迫っている。 2年前に女湯と脱衣場を地元の寄付を仰ぎ建て直したばかり、そうそう 寄付も仰げないべや、町の財政もゆるくなさそうだしどうすべえ、 もともとは自前手弁当手作りのもの自分たちの露天風呂であるという 自負が愛好会の面々にはある。 一同車座、酒を飲んだか飲まないか知らないが いろいろない知恵を絞った結果、上記の 「熊の湯SOS」作戦となり、北海道新聞にぶち上げた。さらに 新聞だけじゃ北海道だけだべえ、なかに知恵者が居て 「これからはネットの時代だあ〜って偉そうに言ってる奴がいるから どんなもんだか試しにのっけてもらうべえ」 と言うことでわが知床倶楽部が協力することになりました。
全国の熊の湯を愛するみなさん!皆さんのご好意協力が 頑固親父たちの涙腺をくすぐったとしても 湯船のお湯がぬるくなることも、ニコニコと愛想笑いしながら兄ちゃん いいおとこだなあ!なんてことは金輪際天地が逆さになってもありえません。
海の男ちゃん母ちゃんたちのサロンとしての熊の湯がいつの間にか観光名所として 知れわたり熊の湯は彼らのものだけではなくなりましたが 毎日風呂掃除をし、マナ−の知らない若者たちを怒鳴り、熱いお湯もうめさせず、 嫌がらせともとられかねない行動も無骨な男の変形型コミニュケ−ションなのです。 世の中観光客に媚びぬ野天風呂が一つや二つあってもいいじゃないですか 後になればこれも懐かしい旅の思い出になろうというものです。 皆さん御協力お願いいたします。 



シャチ騒動

シャチが座礁の危機に遭遇もがいているころ 岩見橋から相泊の間で雪崩が起きていた。 北海道土現はシャチ関係者以外の一般人の 通行を禁止した。 連絡を受けた役場の職員が対策を 協議しもはや救出不可能と判断、個体保持のため小型船で 相泊港へ牽引するための小型船を手配する。 小型船の船長二人が港に着いたときは既に発見から2時間以上立っていた。 二人は発見と同時に熊の宿の主人から連絡を現場へ駆けつけようとしていたのだが ゲ−トで足止めを食っていた。そのときは役場から依頼を受けていず 関係者ではなかったためだ。海のプロである二人は もっと早くついていたらシャチを流氷群から追い出すことが可能だったかも と言っていた。 流氷の接近の速さ、陸上での雪崩による時間のロス 人間で言えば運に見放されたシャチの群れだった。

流氷に負けたシャチ 7日NHKの夕方のニュ−ス(羅臼に住んでいるのに)でシャチの座礁を知る。電話をすると 五右衛門君はすでに現場を押さえており写真を転送するという。 「早く上げないと食えなくなるなあ」と言うと、 呆れたのか、こちらもタイミングよく 富良野から動物の写真を撮りに来ていた野口君に受話器をチエンジされる。 「良くそんなことを…?、可愛そうで涙が出ました」「.........」

16日12頭の中11頭が死に、9頭の死骸を確保ラウスでのシャチ処理が終わった。 五右衛門君は腐乱したシャチの解体のボランテア(ただ)を一日やり、 悪臭の染付ついた長靴一足を破棄する。 第一発見者の「熊の穴」のマスタ−は坊さんを呼んでシャチの供養をし、 永年知床の動物を撮りつづけている石井さんは冷静だ「死んだシャチはアザラシを食べていた 。シャチはアザラシを襲うために流氷を利用するし、その流氷に 負けてしまうこともある。それが自然だ」

羅臼町はオスの1個体を確保、標本にするため2年間土中に埋める。



ほっけ

大木さんがジグという仕掛けで釣ったほっけで 重量が約1キロある。これはまだまだでこの三倍くらいのが 釣れるという。誰でも釣れる訳でなく穴場を知り回遊の時期を 計らねばならな。大木さんのように知床の海を知り尽くし 釣りに熟達してなければ不可能だ。 よほどの釣りプロも大木さんにその鼻をへし折られる。地の利というものだ 来るとその類の話を延々と聞かされるが、聞いていて小気味よい。
3キロ 以上のやつを釣ったとき持ってきてくれるよう頼んだので 比較のために写真を掲載しておくことにした。
04.7.12






今昔

場所はアポロ石油スタンド裏、「喫茶とうりゃんせ」の前。 写真右側のコンクリ−トの水貯め には屋根が係りまわりは板で囲われていた。 引き山水は昔は飲み水として利用され水汲みは子供たちの日課だった。 貯めから流れ出る水場は漁師合羽の洗い場であり、魚の下処理 場であり女房たちの社交場にもなった。 それから七十星霜建築工事が水位に影響をあたえたのか水量が 減り、左側の貯め枠に換わることになった。手前のヒュ−ム管は 土中に埋もれ、小さな山水の流れは昔此処にあった 大きな水場のことを後世に伝える役目を担うことになるのだろう 。04.6.30



間欠泉
山小屋

小屋の前の道を左へ行くと羅臼岳へ向かう。 手前カメラ目線の背後が川であり川を渡ると 間欠泉があり不定期ながら温泉が吹き上げている。 面白いのは右側来て左へ抜けていく土地の 一部が流れる川も含めてすっぽり私有地であることだ。 間欠泉を見に来る者も羅臼岳を登山する者も 私有地を犯すことになる。国立公園になる前に 登記されたものだが100年も前にこの土地に 目に付けていたものがいたことにほとほと感服する。 巡り巡って現在の所有者は「ホテル峰の湯」のオ−ナ−だ。





鳥
懐さびしき旅人よ

温泉旅館志賀は築30年を悠に超えた古色然と した旅館だ。言い換えればぼろ旅館だ。 オ−ナ−もオ−ルドだがこちらは元気がいい。 懐さびしき旅人のために 素泊まり寝具なしで1000円、 寝具がついて3000円で泊めている。情はあるが直言居士、 マナ−が悪ければ怒鳴られる。 あの森繁さんをどなりつけたのだから 並でない。逸話に事欠かぬ 魅力ある御仁なので、 懐暖かい旅人も 一夜語って見てはいかが。 オ−ナ−は現在羅臼山岳会会長。 独身茶のみ女房募集中。


知床半島カヤク水路誌



相泊

あい止まり!ここ先は車両侵入禁止だ。 この橋を渡るとコンブを干す石原が続きこれ以上行くと 海中を渡らなければというところまで、ぽつんぽつんと コンブ番屋がたっている。そこまで「知床半島クリ−ン作戦」という ゴミ拾いをした。 その昔、ペットボトルもアルミ缶もニカワさんのコ−ラ−瓶も冷蔵庫も洗濯機も なくゴミは燃やしておしまいだったんだろうが 21世紀はそうは行かなくなった。 クリ−ン作戦にはるばる東京から参加した人も漂流物より 地元の住民の生活廃棄物を沢山拾わされるとは思わなかったろう。 早速次の日の新聞に事実を記され クリ−ンを掲げて恥部を世にさらけ出すことになったが 事前に手を打たなかったのは 施政者の遠謀熟慮である。 多分来年は生活廃棄物はゼロになる。 なぜなら廃物遺棄の主が一目瞭然だからだ。 世間の目に晒されそれでも投棄する神経の持ち主なんていない。04.5.30





精進川

chep-sak-pet:チェプサクペッ

魚の入らぬ川のことである。赤い水が流れる。 川に沿って暫く林道を行くとやがて道は二股に分かれる。 右へ進むと入り口の見かけとは大違いの荒れた砂利道になる。 火山岩むき出しの山は今にも崩れそうである。 いや絶えずぱらぱらと小石が落ちている。 大雨になると山が崩れ、土砂が川に流れ込み 土色の水が海へと押し出される。 景勝だがここまで来るには命がけだ。 ここが私の知る精進川上流最後の砂防ダムだ。 魚はいないがクマはよく出るというから クマの水飲み場なのか。




らうすだなあ

鳥
鳥
崩落
岬町を過ぎ相泊に向かい最後の北浜覆道を抜けた ところで18日午前9時以前に岩石崩落事故がおきた。 また北浜番屋の住民は閉じ込められた。今年は 雪崩、崩落が多い。 その説明会が今日の夕方組合であった。 崩落した岩盤およそ600立方メ−トル、 今にも落ちそうな上部の不安定岩盤約400立方メ-トル。 北海道土木現業所の説明では 全面回復には20日程の見込み。 これから定置網の支度、コンブ漁の準備、相泊海面でウニ漁と この20日間の通行止めは漁師の死活問題となる。 対応の遅さに(対策は既に練られていたのですが) 「責任はおめえらには取らせないから、通せ!」 「あんたらは危険だから通さないで金をもらえるが、我々は生活が かかってるんだ!」 「迂回道のことは考えてないのか」次から次へと 歯に絹を着せぬ漁師の言葉が次々飛び出す。関係者には 気の毒だが心地よい気もする。 不満の限りを吐き出すとあとが続かず、組合と役場に土現との交渉を 預け三々五々と引き上げた。自然が相手ではどうにもならないことは 彼らが一番知っているのだ。 5.20







鳥
誠諦寺の桜
本覚寺の桜が出たら誠諦寺の桜も紹介しないのは 片手落ちというものだ。ついでに 誠諦寺は浄土宗で本覚寺は法華宗。 門徒は仲良く二つに分かれている。 誠諦寺の2代目住職西井誠誘は羅臼山岳会の初代会長です。 当時の様子は下のペ−ジでご覧下さい。04.5.19

地の果てに挑む





鳥
本覚寺の桜
喫茶店から本覚寺までは歩いて10秒もかからない。 その前の道をしょっちゅう通るのだが桜は未だ早いという 意識があるので注意もせずに通り過ぎる。 以前本覚寺の蕾の固い桜を載せたので その後を確認行ったところ思いのほか 開花が進んでいた。現在八分咲きといったところ。 04/5/18



らうすだなあ

鳥
共生
知床半島といっても斜里と羅臼側では気候風土人情が違う。 斜里側は懐が深く山と人家が離れている。 羅臼側は山と海の狭隘の地に細長く 人家が並び家の裏がすぐ山であり海である。 斜里はクマを 捕獲したらお仕置きをして標識をつけて山中深く逃がす保護派であり、 羅臼は 放しても日を待たず現れウロウロするので様子を見て射殺する。 大木さんが追ったクマも今日射殺されました。 羅臼の山に入った人にはお分かりだろうが、クマの気配息つきを感じても 姿を見ることは出来ないはずです。自然のクマは手負いでない限り人間を襲わないし自ら 人目に触れないものです。人間が恐いのです。ところが 野生の動物に餌を与えると人に近づき、人家に寄ってきます。 何年か前民家に入ったクマは二階へ非難した住人を尻目に 冷蔵庫の酒、缶ビ−ルをラッパ飲みしてたそうです。 学習していたのです。 人里へ残飯を求めて徘徊するクマには アイヌ民族がカムイと崇めた山の王者の姿は無い。 共生とは互いに領域を侵さず生きることですが クマを追うマタギは命をかけてクマの領域に入る。 そこには命のやり取りがある。 クマにその覚悟有やと問うても無理だが 少なくともクマの尊厳を損なわせる、言い換えれば 飼い熊にするのような行為を人間はすべきではない。 サイレンのところにあらわれたクマは山に帰ったようだ。 国立キャンプ場を悠々と散歩するクマは毎年目撃されるが 射殺されていない。自分の領域を守っているからです。






鳥
今頃

クマを探してる写真ですが、最近クマが良く出てくる。 相泊に多い、このときは例の遊漁船の大木さんが通報して ビジタ−センタ−の田沢さんが駆けつけたのだが、 すでに山に逃げ込んだあとでとりあえず捜索してるところです。 その前に大木さんが石をぶつけて追い払ってしまったんです。 クマに逆襲の気がないのは経験から分かり くまは悲鳴を上げて逃げたそうです。しかしこれは大木さんだから 出来たことです。つい最近街中の裏山にもでました。 アポロ石油の裏山、昼を告げるサイレンの設置されているところです。 写真を撮り損ねましたが昨日は鹿が4頭喫茶店の前を 徘徊してました。かくのごとく知床羅臼の人たちと知床の動物とが共生 している昨今です。 04/5/14




らうすだなあ

鳥
遊ぶ

峠が開くと羅臼湖への道のりが近くなる。 雪の上をスノ−シュ−、スキ−で歩くので 夏の正規の木道をに行かなくても直線的に ハイマツの上を進めるからだ。 しかし時間は夏よりかかる。 この頃の羅臼湖はまだ雪に覆われており背後に立つ 知西別(チニシベツ)岳にもいける。 羅臼町、斜里町の山好き達が満を持して訪れ山スキ−を楽しむ。 大人が童心に還るのには最適なフィ−ルドだ。 今年はじめてのガイドは都会から来た親子3人家族だった。 上の写真は中学1年の女の子がチニシベツ岳より 手前の山で尻すべりで遊んでいる光景です。 馴れないスキ−シュ−で歩いてきたのでへばっていましたが 果敢に挑戦しているところです。






鳥
遊漁船・光篤丸

釣り船がボツボツ活動はじめた。光篤丸の船長は 羅臼での釣り船の草分けだ。小さい時は猟師の父親 について知床の山々をクマを追って歩きその逸話は多い。 毎日のように海へ出ているので、漁場にも詳しい。 今知床は世界自然遺産に登録されようとしている。 誰もが安易に山に入れない厳しい自然条件の羅臼側では 釣りを楽しみながら海から知床半島の景観眺め、 今は遠くて近い国後島を見ながら光篤丸の船長の 経験談を聞くというのも羅臼の観光の楽しみ方の一つだ。 5/9






鳥
新谷暁生

新谷さんは2月に南米パタゴニアのホ−ン岬ケ−プホ−ンをシ−カヤックで 回ったばかりの日本を代表するシ−カヤッカ−。 五右衛門風呂で遠征の疲れを流し、 明日は61回目の知床岬周遊に出る。 知床の海はパタゴニアの海に匹敵するという。 知床の海は彼の修練の場でもある。 ウトロ港に10日上陸予定。 新谷さんと親しくなって3年足らずだ。その1年前に やはり知床半島を回り羅臼へ上陸、食堂へ仲間と食事 に来て帽子を忘れていった。潮風に晒され薄汚れ捨てても良いような 帽子だった。次の年同じころ姿を現したので 帽子を返した。帽子を渡した時嬉しそうに ぎょろりとした目を和らげ「やあどうも」と頭を下げた。 そのときは心中捨てなくて良かったとほっとした。 それから3年新谷さんがその帽子被ったところを見たことがない。 それどころか昨年は番屋に靴を忘れていった。 あの帽子は何処にあるのだろう。 5/5





鳥
5月の雪

ゴ-ルデンウイ−クの幕開けは珍しく天候に恵まれ このままいってくれればと願っていたら、 そうはうまくいかないのが世の常、 日暮れには雨になり、今は雪に変わった。 峠は閉鎖明日の開通もおぼつかなく、 観光関係者が 天を仰ぐのは例年とおりになった。 ウトロは雪に風が付いているらしい。 04/4/3:18:30






鳥
カムイ・チカプ・アカデミ−

世界自然遺産登録云々と言われる以前に 知床半島の羅臼町では、 自然と人々の暮らしとの「共生」が絶えず問われた。 両立の難しい困難な問いかけの中で、 羅臼はその答えを「人」に求めようとしていた。 人づくりとは、すなわち教育である 平成6年、「カムイ・チカプ・アカデミ−」と 名付けられた「がっこう」が羅臼に設けられた。 「自分を発見する学校・知床野外指導者アカデミ−」 から数十人の若者が巣立った。 今こそ必要なのに今年度からその学校がなくなる。


ここに生きる・豊田麻美さん
カムイ・チカプ・アカデミ−





ふきのとう


雪の下から他の植物に先駆けいち早く顔を出すのが このふきのとう。早く出る割には羅臼の人々は食としての ふきのとうには余り関心がないのです。そのかわり新蕗が 出始めると俄然動きが活発になります。 ふきのとうが玄人むきだとしたら新蕗は万民向きなのでしょうか。 羅臼のひとびとには永い冬から開放され春明け 初夏の香りを含んだ新蕗の瑞々しさとさくさくした 歯ざわりは堪えられない最高の自然の味なのです。 これから知床の山野には山菜が先を競い 芽吹き成長します。自然の八百屋です。都会の皆様 遊覧観光も結構ですが、初夏の陽光のもとひねもす 山野に遊ぶ風流観光なんてのは如何ですか。






クレソン


今日はクレソンが届いた。 知床の水も温んで来たということだ。 山菜を採る者は何処から取ってきたかは 話さない、例え教えてくれたとしてもあてにならない。 そんな風にして毎年山好きが山菜を届けてくれる。 ときには好意が重なり山菜のオンパレ−ドになるが これはしょうがない。 早速天ぷらにして食べた。揚げたてのクレソンはミルクの香りがした。




本覚寺の桜


お寺の庭にある桜の木、南国の人には最果ての地の風景を、 故郷を偲ぶ羅臼ゆかりの人には現況をと載せてみました。 ご覧のように蕾が開くのはまだずうっと先のことです。 地面の下、水中で満を期す植物とはこんなに違います。 写真ではわからなのですが、今 羅臼は雪がちらついているんですよ。 知床峠ではゴ−ルデウイ−ク前の開通を目指し休むことなく 除雪作業が行なわれています。 4/10:9.00



誠諦寺の桜



これは本堂を背に山門を撮ったものですが 境内には桜の古木が10本ばかりあり5月中旬の 開花時は格好の花見場となる。晴天の数時間は 良いとしても夜宴を張るのには寒い。 私は羅臼に来た年の春から1年間土木作業員を していた。最初の仕事が突風で飛んだこの寺の本堂の 屋根の修理であった。雪が未だ屋根に残っており それを下ろしながらの作業で危険極まりなかったが それよりも大きくて頑丈な本堂の屋根が風で飛ばされたこと ことに驚いた。それから羅臼の住民として四半世紀たち 今はなにが起きても納得出来るようになった。 4/10:9.00



かあちゃん祭り



羅臼は演歌の町です。どんな有名なオペラ歌手が 来たとしても売れなくなった演歌歌手のほうが客が集まる。 かあちゃん祭りは年一回行なわれる。 午前中バザ−をやり午後からそれぞれ芸達者なかあちゃんたちが 寸劇、踊り、カラオケにとそれぞれの芸を競う。。 スケソ漁が終わり、次の漁の端境に行なわれる女達の 祭りです。男の姿は子どもだけだ。4.12



もぐら



遊んでいるのではありません。 今日は 除雪現場視察の日で車が連ね帰るまで雪下ろしができず 止む得ず一時作業を中止してるところです。 風が無ければのんびりとひなたぽっこと決めたいところですが 生憎風が強く穴を掘って暖を保っているのです。 今年は昨年より雪が多く斜度45度近くの斜面は 上から見ると絶壁だそうです。 非常に危険な作業ですが良くしたもので 危険な分だけ用心深くなり転げ落ちる者は たまにしかいないそうです。4/15



突風



今日の羅臼の気圧は988hpa 昨晩から家が空中に飛ばされるような強風が吹き荒れています。 電線が悲鳴をあげ家にぶつかる風圧が、操作中のパソコンをゆらゆらさせてます。 小さな地震が絶えず起こっているよう。風の唸り、ものが飛ぶ音、 建物の軋み、音が付くだけ不気味です。 いつもは我がもの顔のカラスも山中に潜んだまま出てこない。 上載の写真では迫力不足ですが、実眼では強風により波が立ち 沖では竜巻状の水煙が横並びに立ち上がっています。 羅臼では4月6日(ヨンロク)、5月10日 (ゴットウ)と過去に 突風による大きな海難事故を経験してます。 そのことが語り継がれ毎年4月6日、5月10日が近づくと 漁師たちは空模様に用心します。 羅臼の春一番はかくも強烈ですが、これを経なければ 羅臼の夏は来ないのです。 4.21

突風による二大被害


純の番屋



昨夜の突風で純の番屋の玄関戸が飛ばされ斯くのありさま。 そのほかに屋根の石が数個飛ばされた。 「飲み食いどころ番屋」 のマスタ−が見回りにいって応急処置をしてくれました。 マスタ−は半年間番屋つくりに係わったので純の番屋の生みの親 みたいなものです。気になるのです。コ−ヒ−をすすりながら 「観光協会で誰か様子を見に行ったかなあ」とポツリともらした。 強風の中 観光協会の会員が純の番屋に三々五々と集まる光景を想像したが 突風に翻弄される純の番屋が浮かんだだけだった。 4.22







知床雪壁ウオ−ク

中止になりかねない天気だった。 峠の頂上は15メ−トル前後の風があり耳がちげれそうに痛い。 まじかにある羅臼岳は雲で見えないのだがわずかに羅臼側に身を移すと そこだけが雲が切れ澄冷な青空の中に国後島がくっきりと見えた。 悪条件のなか頂上に達した人たちもこの光景に 寒さを忘れて感嘆の声をあげた。
国後島は変わらないのだが見るたびに思いが違う。

同時刻の羅臼岳4/24:13.45




二面
知床峠の頂上の駐車場の風景です。 氷雪の付き具合が斜里町と羅臼町を象徴 してます。知床連山はその麓に 環境生活風土の異なる二つの村落を創り上げ ました。おとづれる人がそこに気付くと二面の楽しみを 体験できます。知床の旅は急がずゆっくりです。



同時刻の羅臼岳4/24:13.45


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