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知床のオホ−ツク文化期の竪穴式住居模型








6世紀〜13世紀(1400〜700年前)の頃、オホ−ツク沿岸地方で活躍した海洋漁労民族 (クジラやトド、魚などと暮らした人々)、オホ−ツク人たちはラウスにもたくさん の遺跡をのこしました。そのなかには竪穴が火事になって家の骨組みや生活の道具な ど炭になって残されたものもありました。このような竪穴は彼らの家の作り方や生活 の一部を見せてくれました。この復元模型は少しずつ分かってきたそのような事実を あらわしたものです。 竪穴式住居というと原始的なものを想像しがちですが彼らの家の中は板壁に囲われ、 床に木材がたくさん使われており、また、屋根はシラカバの皮でおおわれています。 また見た目には現在のログハウスとそれほど異なるものではありません。この時期の 竪穴は五角形に掘り込まれ家の奥には熊の頭蓋骨を積み重ねた祭壇が作られています 天界から毛皮と肉というおみやげを持って地上に降りてきたカムイ(熊)を丁寧にま つって天界へと送り返し、再び降りてきてもらうための儀式(クマ送り)を行なって いたものと思われます。入り口ははっきりとしたものは確認されていませんので、他 北方民族の例を参考にして二階の屋根に作ってみました。内部特に熊の祭壇付近にあ る期の道具や土器などは松法川北岸遺跡より出土したものを参考にしました。皿、椀 、シラカバの容器、矢筒などが出土しました。 家の外にある船はアイヌの丸木船をまねしてみましたが、流氷の海にこぎ出しトドや アザラシ、更にはクジラまで捕獲していた彼らはもっと大きな船を巧みにあやつって いたと思われます。船の先端に銛を持った人がいます。これは回転離頭銛と言われる ものでトドやクジラ猟には欠かせないものでした、骨や鹿の角でつくられています。 また背後には魚網がありますがオホ−ツク文化の遺跡からは穴を開けたり、溝をほっ た大きなおもりがたくさん出土しますので、大きな魚網を使ったおおがかりな漁がす でに行なわれたいたと思われます。発掘1 発掘2  タチカリウス川遺跡


涌坂周一学芸委員・郷土資料室長



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