私がこの村に来た頃西井タキ
私の夫(西井賢誠)がこの村に来たのが明治26年6月7日ですが私はそれより
3年後にここえ来ました。其の当時商店というものは全くなく僅かに落花糖、黒砂糖
などを売っている桂田さんという家がありました、現在の村田栄三郎さんの近所にあ
ったと思います。それでも旅館が二軒程あったと記憶して居ります。その一つは津軽
の人でオザワさんと云い今の自動車庫の辺にかなり立派な家がありました。もう一つ
は中西さんと云う旅館で今の森下長一さんの所に居たと思います。女郎屋はとても賑
やかで久須美さん、○スさん、フデソメさんなどがありました、最もフデソメさんは
春苅古丹でしたが.....。
羅臼橋も今では長い大きな橋になってしまいましたが、私が来た当時は岸から岸へ「
アユミ」の様なものを一枚程度渡してあってそこを歩くとぴちゃぴちゃと板が水につい
たものです。勿論川幅なんかずっと狭く十間位しかなかったようです、そして川の岸ま
で家もあったのですが明治32年の大水害で九戸も流されました、当時の漁場は佐藤久
右衛門さんの全盛時代で久右衛門さんは土地など随分持っていました、今の中陣菊松さ
んから北東の方は全部久右衛門さんのものだったでしょう。
又今の藤岡岩太郎さんの家の在る辺りは大沼で100トン積みの船が雄雄と出入りして
いましたが、いつの頃か埋め立てしたんですね、その辺はきつねなど沢山居たものです。
*羅臼村郷土史より転載
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