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第一章 漁師の食卓 海に生きる。海と生きる。 「食」は、いつの時代も、生きることに直結した営みである。だからこそ、 日々の食卓の中で、その土地で生きる人々の智慧や精神がしみこむ。 魚の城下町らうす。 市場で高値を呼ぶ「羅臼もの」の産地であり、 根室海峡の豊かな海とともに生きる漁業の町・・・ 人々はこの町で、海の恵みを、どのようにして生きる力に変えているのか。 いのちを紡ぐ日々の食卓に、羅臼の町と人の息吹が見える。 |

2月。凍りつくような冷たい風が、容赦なく頬を刺す。 第二十八朝枝丸の甲板では、5人の男たちが、その風と闘いながら、刺し網を引いていた。 刺し網とは、網を海中にカ−テンのように沈め、そこに刺さった魚を捕らえるというもの。 通常、網は一日置いて、翌日引き上げるのだが、昨日の羅臼は猛吹雪で、船は沖止めになっ た。つまり、今日の網には、二日分の魚がかかっている。ドラムで巻き上げた網を、一人が さばき、後ろの一人が手際よく魚を網からはずしてゆく。さらにその後で3人が網を引き、 きれいに船尾におさめる。「ここでじっとしてるのも、寒くてユルク(楽では)ないんだ」 寒風の吹き込むデッキで、5人の漁師の動きを見守りながら、船長の清水端昇さんが笑う。 船長によると、羅臼沖の海底は、深くえぐられた渓谷のような地形をしており、どこに網 を張るかによって魚が違ってくるという。最も魚が集まる場所が「カタガリ」と呼ばれる 傾斜地だ。レ−ダ−と魚群探知機をにらみながら、巻き上げた網を次にしかける場所へと 船を進める。ふいに船長が、こんな話を口にした。何年か前、兄弟のように思っていたイトコをこの海 でなくしたという。豊漁で作業が深夜まで及んだ日、誤って冬の海に転落したのだ。 「他の船にも手伝ってもらって、随分探したんだが・・・・・それきりだ。あのときばっかりは 『もうやめるべ、こんな仕事』とおもったさ」 それまで陽気だった船長の目に深い悲しみが浮かんだ。氷点下の冬の海は、 つねに危険と隣り合わせの戦場なのだ。 それにしても、前日の吹雪が信じられないほどの青空が広がっていた。網からこぼれた魚 にありつこうと、カモメが群れてくる。ふと見上げると、そのはるか上空を、オオワシが 羽ばたいていた。知床の冬の王者である。風景にも一段と血が通う。 しかし、残るもう一本の網を引き上げるため、別のポイントに移動する途中で、船長が 「今日はもうやめだ」と言い出した。 |
しかし、残るもう一本の網を引き上げるため、別のポイントに移動する途中で、船長が 「今日はもうやめだ」と言い出した。 「ヤマセが出てきた」という。 ヤマセとは、沖のほう(国後島方面)から山のように波打って吹く風のこと。この風が 吹くと、やがて羅臼特有の”人を喰う風”と呼ばれる「北西の風」を連れてくると船長 は言う。おまけに山の色も変わってきたので、これから天気は確実に崩れ始めるという のだ。見た目には相変わらずの晴天である。 「メシつくってやってくれ」 船長がいうと、弟の正利さんが甲板で包丁をふるい始めた。しとめたスケソウをつかみ 上げ、バンバンとブツ切りしては樽の中に放り込む。それをホ−スの海水でジャブジャ ブ洗う。「この潮水が、ダイ鍋の旨みになるんだわ」と正利さん。 陸では決して出せない味が、沖だと出せるという。ダシを使わず、海水で洗ったスケソ ウを煮込み、味噌を溶かしただけ。簡単にいうと、スケソウの味噌汁である。しかし。 食べてみると、なぜか味に深みがあった。秘訣は、やはり海水にあるのだろうか。 まさに漁師そのものといえる無骨で懐の深い味だ。 海に網を残したまま、朝枝丸は港に戻った。しかし、その頃には、船長の”読み”が正 しかったことを知った。にわかに風が強くなり、 カラの魚箱を吹き飛ばす勢いに変わったのだ。 昼過ぎ、風は吹雪になった。 *網の巻き上げ 一本の刺し網を巻くのに2時間かかる。男たちは寒風の中、ひたすら網を手繰り続ける。 刺し網漁は、想像以上に厳しい戦場だ。この船が、羅臼漁港に張り詰めた氷をバリバリと 割って出港したのは、まだ日の出前の午前6時だった。
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