知床旅日記:冬の巻
ちゃちゃ
−羅臼の冬は暖かいです−
まずは、ごあいさつ・・・・
去年の9月初めて羅臼を訪れて以来、次は“流氷”と決めてました。
しかも、今回はいつもの旅の相棒“まぁちゃん”に加え、これまた、
南国高知からの風変わりな夫婦と一緒の旅でした・・・
今回のテーマは、“羅臼の冬は暖かい?!”デス。読んだらわかります。
では、長くなりますが、飽きないように努力しました。
どうぞ、お楽しみください・・・
( ̄0 ̄)あっ!!今回のこの日記は、
私ちゃちゃが“まっちゃん知床探険隊”に入隊して、
初めての報告書も兼ねていますので、
途中わけのわからないコメントがありますが、
がまんして読んでください。(笑)
***************************
2001年1月20日(火) めずらしく晴天♪
AM5:30起床
眠い・・・福岡からの出発の為、かなりの早起きだった・・
強度のワクワクの為、殆ど寝てない・・
AM9:30発の東京行きで、
今回の旅仲間が待つ羽田へ向かった。
今回は、高知の風変わり夫婦(ケイコあんど、マサオ)
と一緒の旅である。
AM11:00 頭は冴えないまんま到着。
元気な夫婦は、見事リュックを背負い、行く気マンマン
(当たり前か・・)で待っていた。
とりあえず、時間もあったので、空港のとてもマズイ水だす
レストランで軽食をとり、またまた飛行機に乗った。
目指すは、釧路空港。待ってるのは、本間おとうさんだ!
PM13:40 無事に釧路へ到着!もちろん、本間おとうさんは、
待っていた。パンチパーマは、健在だった。しかも、*革靴だった。
おとうさんと再会に喜び、熱い抱擁?!に寝不足もふっとんだ。
頭はやっとさえてきた。
*通常は長靴しかし羅臼を出る時は革靴
に履き替えるそいう意味でおとうさんは
ナウイのである。
空港、もとい、本間風に言うと、*“飛行場”の外はやっぱり、
北海道だった。とりあえず、寒かった。
おとうさんも早起きして、3時間の道のりをひとりで運転して
お迎えに来てくれた。感謝( ̄人 ̄)
*ちゃちゃさんたちは空港と言わせたいのだが
おとうさんにはどうしても飛行場のほうが
馴染めるのです。そしてヒでなくてシになるのです。
まっすぐ、羅臼に行くよりは・・というおとうさんの心使いで、
丹頂鶴を見に行くことになった。向かったのは、その名も鶴居村。
そのまんまだった。お約束どおり鶴は居た。
しかも、頭に赤い印付き!本物の丹頂鶴だぁ!
こんなに間近に見れるなんて、想像してなかった。
遠くに飛んでいるのかと思っていたが、
かなり近い距離でみることができた。感激ィ!
(^o^)ゞ『隊長!鶴居村のレストランの名前は、
“鶴” 民宿の名前だって、“つる”です。
こんなに素直な村も貴重です!』
感激の次に待っていたのは、冷凍庫体験だった・・向かったのは、
*“中標津の開陽台” 夏はライダー達がいっぱいだけど、
冬はあっさりいなくなってた・・代わりに雪だらけだった。
車を降りると・・寒い!いや、しばれる!この言葉がぴったりだった。
温度は、ー7℃くらいだと思うが私の体感温度は、
ー30℃くらいだった。展望台では、かなりの寒さに
みんなうまくしゃべれなくなっていた。
*開陽台は小山の上に位置し天気が悪ければ
夏でも震え上がる。
マサオははりきってカメラと三脚を持っておりたが、
シャッターを押す姿は、かなりカッコ悪かった。
あまりにも、寒かった為みんな足早に車へ向かった。
ん?おとうさん?その革靴タダモノではないな・・
そう、革靴には、靴底全面に、スパイクが生えていた。さぁすがぁ♪
その後、30分程耳がジンジンしながら、羅臼へ向かった。
羅臼に入ると、白い海が見えてきた。初めて見る光景だった。
『すごぉい!流氷だぁ!』とみんなが驚いていると・・・
おとうさんが、一言。*『あれは、流氷じゃぁないんだぁ〜、
海が氷ってるだけダァ〜』そう、おとうさん曰く、
流れる氷が流氷らしい。見た目によらず、かなり詩人だ。
納得したけど、素人には氷の違いまではわからなかった。
とりあえず、私達が感動したのは、
うそ流氷ってことみたいだった。
*こちらではスガと言ってます
外も暗くなりはじめる頃、冬の羅臼に到着した。
まずは、羆さんへあいさつし、おかぁさんの待つ
“民宿本間”へ向かった。
『ただいまぁ!』なぜか、そう言ってしまった。
そんな感じの変わらないままのおかぁさんが待っていた。
そして、テーブルの上には、見たこともない大カニが待っていた。
私達4人は、荷物もそのまんまでとりあえず、
大カニV..Vに食いついた。
おかぁさんのハリキリは、大カニだけではなかった。
高級めんめや、酢牡蛎・*しゃけの鼻の部分(名前忘れた)・
ほや(これも名前まちがってるかも・・)とか、
とんでもない料理がいっぱいだった。
*氷頭(ヒズ)
お腹いっぱいになって、急に眠くなったので今日は、
早く寝ることになった・・・
AM9:30就寝
2月21日(水) これまた晴天♪♪
早朝6時前、ケイコに『寝てる場合じゃないよ!』と言って起こされた。
そう言われてなんとなく起きてみると・・・空が真っ赤だった。
国後島からの朝日だった。キレイだった。一気に目がさめた。
しかも、スケソ漁に向かう船が何隻も沖へ向かってて、カッコよかった。
おとうさんの好きなサブちゃんの歌にでてきそうな光景だった
・・見事に知床の朝だった・・
朝ご飯の大好きな海鮮お粥を食べ、今日は何をしようかと考えた。
高知夫婦は、スキーを楽しむ事になっていた。しかし、
私達長崎組はスキーなんてできないので、こうなったら、
ソリでもやるか!ということになり、
とりあえず、スキー場へ向かった。
・・とその前に、私達4人は普通の内地靴しか持ってきてなかった為、
長靴を買う事にした。あれこれ悩みそれぞれ寒冷地仕様の長靴を
ゲットした。温かい!滑らない!しかも、私は2足¥500の
あったか靴下もついでにゲットした。
長靴に履き替え、スキー場へ。
スキーはできないけど、リフトの上には絶景があるということで、
おとうさんはリフトにだけ乗せてもらえないか頼んでくれた。
しかし、やっぱりダメだった。絶景はケイコ達に頼む事にし、
私達は、そりデビューに挑んだ。
私は、とても雪がこわかった為、まずはおとうさんと一緒に滑った。
わ〜〜い♪そして、ひとりでも滑った。私には、そりで充分だった。
雪で遊んだ後、とりあえず今日の行動を考えようと、
羆さんトコ(知床倶楽部)へ向かった。おいしいコーヒー、
いや、おとうさん風に言うと、コーシィーは、去年と変わらず
美味かった!そして、ゆっくりとした時間が過ぎて・・
小腹がすいたので、ハモ丼を食べる事にした。
これまた、美味お昼を済ませ、あれこれ考えたあげく、
羆さんと一緒に“熊越えの滝”にお散歩に行く事にした。
お散歩の予定だったが、外に出ると、羆さんのお知りあいに逢い、
乗っけてくれる事になった。私達は後部の荷台に乗って出かけた。
現場へ到着!滝の入り口はとんでもない雪で覆われていた。
もちろん、入ることなんてできなかった。
(それでも二人は腰まで埋まりながら暫く
雪と遊んでいました)
(^o^)ゞ『隊長!冬の熊越えの滝は、
雪越えの滝に名前を変更してる模様です!!探検不可です!』
(そのあと来た徒然人さんと話たんですがスノ−シュ−
なら可能です。ただしこの時季までで暖期になると
雪が固まり必要なくなります)
熊ノ湯にも寄ってみた。雪で地面が高くなっていて、
女湯は丸見え状態だった・・
帰り道、またまた羆さんのお知りあいに逢って、乗せてもらった。
どうも羆さんは羅臼のかくれ町長みたいだった。
(偶然が重なっただけで往復歩くことになったら
きついなあと思ってたんです、とにかく二人は
歩くことが好きなんです)
本間までの帰りは歩いていく事にした。
漁港をぶらぶら・・冬のひかり苔の様子も見に行った。
そして、途中オオワシやオジロワシも見つける事ができた。
そして、氷った海にも乗ってみた。
(^o^)ゞ『隊長!確か隊長は流氷の下でしたね。ちゃちゃは、
流氷の上です!なんとか氷の上に立ってみましたぁ♪
私の体重でもイケマス!!でも、本間おかぁさんは・・以上です!』
そんなこんなで羅臼のゆっくりとした一日が過ぎた・・
夜は、スケソのチャンチャン焼きが待っていた。ウニもいた。
ホタテもいた。そんな豪華夕食だった。
ここで、羅臼のスケソ事情を少々・・・
あんなに朝にいっぱい船が出かけてたケド、実は、不漁らしい
・・・それも、やっぱりロシアのせいみたいだった。
“悪党トロール怪人”が羅臼の魚達をやっつけているようだった・・
新聞にも載っていた。しかも、おとうさんのコメント付き。
おかぁさんから、かなり細かい説明を聞いたら、
なんだかサミシイ気持ちになった。
おとうさんは拿捕の経験も持っている。
悪いことなんてできるはずがないただの“甘党おとうさん”がだよ。
・・・・ったく・・
北方領土返還の看板は、今まで私の目にはタダの看板だったけど、
今は全く違った印象に変わっていた・・
AM11:00就寝
2月22日(木) 曇りあんど雪 しかし、狂風
AM7:00起床
本日の朝食は、超巨大ホッケ。(30センチは軽く超える)もちろん、
ひとり一匹。おかぁさん、これにはマイッタ・・・\(●o○;)ノ
朝からホッケ。日常では考えられないが、これが民宿本間である。
朝9:00の流氷観光船アルランに乗船する為、羆さんトコに向かった。
しかし・・・狂風の為、欠航となってしまった・・ついてない
・・と思っていたら、朝7時の船もあるらしい。
明日の出発前に乗る事ができる!きっと、風は止む!と心に願い、
あきらめて民宿へ帰ることにした。
どうしようかと考えていたら、おとうさんが、
『ウトロへ行ってみるかぁ?』と言ってくれた。
私達4人は、もちろんすぐに長靴を履き、出掛けることになった。
なぜか、斜里もウトロも晴れていた。
ウトロの流氷は、本物だった。『すげぇ!』
『仕事なんかしてる場合じゃないよ。』
『死ぬ前にみなきゃだよ。』など、様々な言葉で表現していた。
マサオは、『氷っちゅうでぇ!』とこの上なく高知弁で表現してた。
斜里には、信号が羅臼よりも多かった。羅臼よりも街だった。
お昼御飯を駅前のレストランで食べることにした。おとうさんの注文は、
『スパゲティ』ではなく『スパゲテェ』だった。種類は、迷わず、
『ニッポン』だった。そして、ウェイトレスのお姉さんが言った。
『スパゲティ、しとつですね?』かなり、ツボにハマってしまった。
大笑いした。そういえば、おとうさんちの愛犬は、『パティ♪』
しかし、おとうさんは、『パテ♪』と呼んでいた。同じ原理である。
そして、民宿に帰り、雪だるまを作った。
サラサラした雪はなかなか固まらなかった。
九州では、黒い雪だるましか作れないけど、
ここでは、真っ白な雪だるまが完成した。
今夜は羅臼最後の夜。羆さんトコでのパーテェ?が待っていた。
メニューは・・・名づけて“いわみ鍋”魚介類盛りだくさんの鍋だった。
そして、*シャケのルイベ。これまた、しつこいようだが、
おとうさん風に言うと、**“リュウーベ”その他もろもろだった。
*スケです **此れは訛ってないのですリュウ−ベとも言うのです
−おとうさんの為に−。
いろんな話をしながら楽しい食事会となった。
しかも、途中本間おかぁさんも参加し、
しゃべりまくっていた。おもしろかった。
PM11:30就寝
2月23日(金) 曇り時々晴れ
AM5:30起床
朝6:30出発だったはずなのに、おとうさんが起きてこない
・・・どうしたんだろ・・
時間もギリギリとなった為、まぁちゃんが起こしに本宅へ行った。
・・おとうさんは、寝てた。めずらしく寝坊したようだった。
まぁちゃんが呼ぶと、ランニングにブリーフ姿のおとうさんが
やってきたらしい・・
(^o^)ゞ『隊長!新しい発見です!北国には、ブリーフです!』
そうとう焦ってたのか、おとうさんはめずらしくスピード
だした運転だった。余裕で、船には間に合った。
AM7:00出航
出航後10〜20分程で、船はエンジンをゆるめた。
そして、船室にいた私達は外に出ることにした。
すると・・・あれ?ひとりいない・・・そう、まぁちゃんは、
どうも船酔いでダウンしてしまったらしく、
なぁんにも見ないで、ずーっと船室でうずくまってた。
この後、生のNHKドキュメントがはじまるというのに・・・
私達の他に写真家のツアー団体がごっそり乗ってきて、
その人達は、それぞれに自分の場所取りに必死だった。
すごい望遠カメラや、いくつものレンズを持参し、
しかも、プロレスラーのような仮面の防寒着だった。
さすがに寒かった。海の風はかなり冷たかった。
ひとつの流氷に向かって、船は少しづつ近づいていった。
エサを撒くと鳥たちがいっせいに集まってきた。
オジロワシもオオワシもとても間近に見れた。
観光船の兄ちゃんもすごく親切だった。
『こっちが見れるよ。』とか、
『もう少し流氷に近づくから、待ってて!』とか
・・やさしい言葉をかけてくれた。
そんな時だった。みんなが写真を撮るのに必死になってた頃、
2匹のオジロワシが海に落ちてしまった。
観光船の茶髪兄ちゃんが言った。
『あっ!落ちた!ありゃ、簡単にはいかないぞ
・・めったにナイナ・・あんな事・・』
その時私は、あんまり事態の深刻さが理解できてなかった。
すると・・・茶髪兄ちゃんが言ってたとおりになった。
1匹のオジロワシは、海をなんとか羽でボート漕ぐみたいに
流氷まで泳いでいった。一生懸命流氷に這い上がって、
なんとか助かった。それからも長い時間じ〜〜〜っと、
翼が乾くのを待っていた。(^。^;)ホッ・・よかった
・・・なんてつかの間だった・・・問題は、
もう1匹のオジロワシUだった。
波に流され、流氷から少し離れてしまったオジロUは、
まだ流氷からかなり離れた冷たい海の上にいた。
それでも一生懸命漕いでいた。自分の翼をつかって。
人間で言うと、バタフライみたいな泳ぎ方で泳いでいた。
羽だけでなく、腰もちゃんと使ってた。
(腰かどうかはわからないけど、おしりの方)
『いち、に!いち、に!』いつのまにか私は心の中で掛け声をかけていた。
それでも、流氷は遠かった・・・しかしあきらめてなかった。
オジロUはがんばっていた。少しづつ・・・・ホントに少しづつだけど、
流氷に近づいていった。
やっと、ついになんとか流氷までたどり着いた。
しかし、ここからが大変だった。
流氷にたどり着く事に体力を奪われているオジロUは、
見ててもかなり衰弱していくのがわかった・・・
一生懸命流氷に上がろうと必死だった。
でもでも、オジロUにとって、流氷は超高層ビルみたいな高さだった。
がんばって翼でよじ上ろうとすると、冷たくて強烈な波が襲ってきた。
ダメだった。上がれない・・何回も同じ事を繰り返していた。
でも、ダメだった、波が邪魔する。そして、
びしょぬれになった翼は3トンくらいに重そうだった。
観光船の兄ちゃん達もオジロUを救う為、いろんな方法を試した。
まずは、船を流氷に精一杯近づけ、エサをばらまく長い柄杓
みたいなモノを使って、オジロUが自力で這い上がろうと
するのを助けてみた。ダメ・・次に、雪かきの長い杖付きの
スコップみたいなモノも使ってみた・・ダメ・・
そんな人間の助けをよそに、オジロUは何回も海の水を
頭からザブ〜〜ン!とかぶっていた・・・・そんな時、
今までのがんばってたオジロUが急に力つきたように
何にもしなくなった。あきらめの瞬間がわかった・・
『ダメだよぅ!あきらめちゃダメだよぅ!がんばれぇ!』
心の中の声はいつのまにか本当に口にだして叫んでいた。
でももう、オジロUは自分で動かなくなっていた。
波に流されるまま、身をまかせてるようにも見えた。
なんだか胸がすごく熱くなって、涙がこぼれてきた・・・
いつのまにかそばに来ていつもは動揺がないケイコも泣いていた。
どうしよう・・このままじゃ死んじゃうぅ!と思ったその時、
茶髪兄ちゃんは、流氷へ飛び乗った!そして、
オジロUを大事に抱き救った。
『やるじゃん♪』ケイコと私の中で、茶髪兄ちゃんの
ポイントは一気に80ポイントを稼いだ!
しかし、茶髪兄ちゃんも命がけだった。オジロUを救助するのに、
足を滑らせたかなんかで、とても痛そうだった。
それでも、とてもカッコよかった。
私達の目の前に救助されたオジロUはグッタリとしていた
・・・急いで茶髪兄ちゃんはタオルに包み、やさしく擦ってた。
なんとか息はしているようだったが、動かなかった。
船は急いで岸に向かった。私達もとりあえず、船室に入った。
“オジロドキュメント”を何にも知らないまぁちゃんは、
青白い顔でとても苦しそうにまだ横になっていた。
いつもなら少しは心配するが、なにせ船酔い。大したことはない。
それより、なによりオジロUが心配だった。
船が岸に向かって走りだして間もなく、
オジロUが船室に運ばれてきた。タオル
に包まれたオジロUは、にごった水を吐
き出していた・・だいじょうぶだろうか・・・
なんとも言えない気持ちのまま、おとうさんの待つ漁港へと帰った
・・・・・おとうさんはやっぱり待っていた。
帰りの車の中でも、民宿の朝食の時にも、そして、
最後の羆さんトコでも、私達はしきりにこのドキュメントを語った。
このドキュメントは、全てがノンフィクション。
ホントに感動した・・・・⌒(ё)⌒
(この鷲は一旦ビジタ−センタに運ばれ応急手当ての後
釧路の動物センンタ−に運ばれ元気に海に帰りました。
3人は千載一偶の場面に巡り合ったのです、一人を除き)
(^o^)ゞ『隊長!羅臼の人はホントに知床の自然を愛しています!
実感しました!そんなこんなで、今回の知床の旅も終わった・・
この3日間、去年と違った羅臼を体験した。羅臼はシバレル!でも、
羅臼の人は暖かい!次回は、どんな羅臼が待ってるのか楽しみ
ワクワクゥ♪ d(⌒o⌒)b♪
・・・彼女たちは実に行動的で好奇心に溢れている。
間の抜けたことも仕出かすが一生懸命なので笑えない
一行が羅臼を去り本間のおかあさんは風邪で三日ダウン
羆は腰が回らなくなり回復に三日要す、おとうさん一人
元気。また来る日を楽しみにしてます。 羆・・・
雪山の向こうに間欠泉があります
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